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2011年4月の6件の記事

本気出せずに考えてみた

幸福とは何か。

言うまでも無く各人の主観に委ねられるモノでありますね。自分自身、それがどういうモノで、どういう状態であるか全く見えていない。見えてないのにも関わらず、自分がそこまで幸福だとは思っていない。毎日JTに通っていた16歳の頃からずっとそうだ。

TVのニュースで被災者の方が事を言っていた。
命があるだけで幸せですよ』

その方の認識では、東京で生活しているが故に一切被災しなかったオレはそれだけで幸福という事になってしまう。

だが、当の本人は全くそう思っていない。これだけだと誤解が生じそうだから一応言っておくが、オレは自分が幸福だとは思っていないが、殊更不幸であるとも思っていない。下には下がいるから。それも星の数ほど。この事実は十分に理解している。逆も然りで有る事を含めて。

幸福である事と、他人より下とか上とか無関係だという意見もあろうかと思う。ホント分かります。

だが、オレは比較対象が無ければ、幸福度は測れないと信じているので、その意見を受け入れる気は無い。要は、オレみたいな顔の人間がいるからこそ、キムタクがカッコイイと崇められるという事。万人に受けるイケメン達は、オレ見たいな顔の人間に多少なりとも感謝をしなくてはならないのだ。男子全員がイケメンレベルの顔だったら、あなた方はアドバンテージを得られなかったんですぜ。

他人と自分の上下を決める尺度が無数にあるというのが問題なんだと思う。

おいおい、お前は金があれば幸福なんだろ
オレを知る人はこんな風に思うかも知れない。

確かに金の多寡は重要だと思うが、必ずしもそれだけじゃないから困ってしまうんですね。金銭とは無関係に、読売巨人軍または大宮アルディージャが勝ったら、かなり幸せだし、好意を抱いている女性や、気の置けない仲間と一緒に時間を過ごしている時もやっぱり幸せを感じる。

不思議なもので、取るに足らない事で、妙に幸福を感じてしまう時がある。そういった瞬間だけを切り取れば、オレも相当な幸せ者に属するのかも知れない。

結局、よく分かんねえって事だ。他人から見たら幸福に見える人でも、当人は不幸かも知れない。所得が有り余っていて、綺麗な妻がいて、可愛い子供がいる人であっても、オレより幸福とは限らない。

つまり幸福であるかどうかは気の持ち様という事。週末にはJリーグがある。サッカーの有る日常。普通の人にとっては、取るに足らないと思われる様な事だが、実際、こんなに幸福な事は無い。


BGM
B'z/THE GAMBLER
BOOWY/LONGER THAN FOREVER
CHAGE & ASKA/今日は…こんなに元気です
SPITZ/君と暮らせたら
LINDBERG/GAMBAらなくちゃね

羨ましいと思っていたが

先に一言謝っておく。フェミニスト及び自立心のある、もしくは経済的に既に自立している女性の皆様すいません。

労働意欲に乏しいオレは、高校時代からずっとこう思っていた。女子は良いなあと。なぜか?どんなに無茶をしても、最終的には結婚して家に入るという安定の道が残されているから。しかし、この考えが、実際は古き良き昭和時代にしか通用しなかったという事が十分過ぎる程分かってきた。

10数年ほぼ成長の無い日本で、安定の道に乗るのは容易い事じゃない。収入を得る様な仕事を一切せずに、かつ悠々自適な生活を送るためには、かなりのスペックを備えた男性を見つけなければならない。自分で言うのは実に情け無い事だが、オレでは絶対にダメだ。だって、養う対象が全くいないのに全然悠々自適じゃないもの。お洒落な習い事とかさせられません。

「労働せずして、そこそこ楽できる」に至るのが困難であるならば、女子が良いとも限らんのうと思い直している次第であります。まだまだ社会には男尊女卑の空気は根強く残っており、とりわけビジネスの場においては、女性に不利な事が多い。女性部長の絶対数を見るまでも無く明らかだ。

これを言ったら元も子も無いのだが、何をやるにしても可愛いもん勝ちのところもあるしね。これが最もキツイ事なのかも知れない。いよいよ、羨ましくなくなってきた。でも、これだけは言っておきたい。オレは、女性の皆様が好きです。


BGM
Perfume/Chocolate Disco
Perfume/voice
Perfume /Electro World
Perfume/One Room Disco
Perfume/Dream Fighter

多分フィクションです

これは多分に性格的な問題なのかも知れないが、こちらに仕事を振る時に、その仕事の期限を伝えない人が嫌いである。


「じゃあ、コレやっといて」
こういう感じで投げられるのがダメという事です。

いつまでに?言われなきゃ分からねえよ。

悪い事に期限をしっかり伝えないタイプの人に限って、翌日、
「昨日の件、終わってる?」
なんて言う。

「やってません」
と答えると、

「困るよ」
とか言う始末。

こだまでしょうか。いいえ、絶対に違います

繰り返しが一切入って無い単なる問答なのに勢いで言ってしまいました。すいませんでした。

困るんなら最初に言えや。それとも、自分が頼んだ仕事の優先度は常に高いと思い込んでるのか。うん。無くは無い。

もう1度言う。予め仕事の期限を言わない人は嫌いだ。自分は人に仕事を依頼する時、必ず期限を伝える様にしている。敢えて言う程の事でもねーな。当たり前の事。でも、意外とそれが出来ない人が多いんだよなあ。あなたの周囲にもいませんか。そんな人。


BGM
安室奈美恵/Chase The Chance
相川七瀬/夢見る少女じゃいられない
Perfume/One Room Disco
森口博子/水の星へ愛をこめて

査定

金曜日、評価面談が行われた。

半年前、掲げていた目標がことごとく未達であるという事実は面談に臨む前から完璧に理解していたが、果たして、評価はそれが余すこと事なく反映される形となりそうだ。入社以来、最低レベルの評価をされる事がほぼ確定したと言える。

結局、目標に掲げた事さえやれば良いという事になっているんだよなあ。言いかえれば、目標に掲げた事以外の事にどれだけ力を尽くしても、ほとんど評価されないシステムとなっている。

極端な話、周囲に多大なる迷惑をかけてルーティーン業務を完全無視してでも、目標に掲げた事項を全うする方が良い評価を得る事が出来てしまうのである。どー考えてもおかしいのだが、突き詰めるとそうなってしまう。

この点に関しては、おかし過ぎて笑い泣きしてしまいますとボスや人事のマネージャーに何度も訴えているのだが、今のところ、それが変更される様子は無い。部会等で、大きな課題であると認めているにも関わらず。

ここにも現在の評価システムの弊害がある。人事の長が、評価システムを変更するという目標を掲げない限り、変更しなくても一切マイナスにはならないのである。目標に掲げない限り、変更してもプラスにならないとも言える。だったら、やる訳ねーよな。管理職は絶望的に酷い評価が下されない傾向があるし。

オレは自分の評価が悪い事に憤ってる訳じゃない。現行のシステムを理解しているのに、それに対応出来なかったのだからしょうがない。そんな事より、明らかに仕事が出来ない、もしくは、日々サボっている人が、それなりの評価を得られる事が許せないのである。

目標は上司の承認があって初めて成立する。目標設定段階で上手く立ち回って、緩い目標を立てる事に成功すれば、自ずと高評価を得る事が出来てしまうのである。自分が利するために敢えて到達可能性が高い目標を立てる従業員が得をする。実にヤバイ状況じゃないですか。

今迄ダラダラ語った事は非営業部門だからこそ起きる問題。営業部門は売上または利益という明確な指標があるので、この手の問題とは無縁な存在だ。売れれば勝ち、売れなければ負けの世界。シビアだが、わだかまりは生まれない。

嗚呼、イラつくぜ。しかし、苛々したところで何も変わらないという現実がのしかかるのであった。


BGM
kiroro/3人の写真
長渕剛/マイセルフ
YUI/feel my soul
反町隆史/POISON
木村由姫/LOVE & JOY

違いの分からない男

コントと漫才の違いって何?
昨年末以来、昔以上に考える様になった。

昨年のM-1グランプリ決勝に残った8組のうちジャルジャルとピースは異質であった。共通しているのは超優良コント芸人という事。決勝進出者が発表された直後、なぜコント師が2組も入っているのだろうかと思った。疑問という言葉のレベルを遥かに超えて、理解不能であった。

2組ともコントやってるところしか見た事ないぜ。もっと踏み込んで言えば、そもそもM-1の予選に出場すんなよ。コント師のプライドは無いのかと。

分かり易く言えば(お笑いに興味無い人には通じないかも知れないが)、バナナマンさまぁ~ずがM-1に挑んでるみたいな事ですよ。どう考えても、おかしいだろ。コンビ結成10年を優に越えているというツッコミは一切、受け付けない。だって例え話ですから。

コント師が漫才の大会に出るのは違う、コント師はコントを極めるべきだという趣旨の発言をしたものの、じゃあコントと漫才の違いとは一体何なのさ?と問われると、途端に回答に窮してしまう

大好きな芸人ブラックマヨネーズのボケ吉田は某番組で「コントには出来ないものが漫才だ」と言ったが、これじゃあ余りにも抽象的過ぎる。

爆笑問題、ナイツ、銀シャリ他がやる、しゃべくり漫才は明らかにコントとは違う。故に漫才独特の何かが存在している様に思う。しかし、ほとんどの漫才は導入の話―オレこんな事やってみたい→じゃあやってみるかの流れ―が終わると、「設定」に入る。この「設定」以後は、小道具と衣装のないコントと言えなくないか?そう言っても問題無いでしょう。それが証拠に世の中にはコント漫才という言葉すらある。

最近は、そのコント漫才が主流であろう。聞くところによると、設定ありきの漫才の方が圧倒的にネタが作り易いらしい。コント漫才の勢力が拡大する訳である。それはさて置き、コント漫才という言葉が示す通り、コントと漫才の境界は間違いなく曖昧になっている

つまり、オレが両者の違いが分からないという状態に陥ってしまうのも致し方ない状況なのである。優良コント師が漫才の大会に出場するのも、それどころか決勝まで勝ち進んでしまうのも、ある意味当然の成り行きと言えるかも知れない。思えば2007年M-1王者のサンドウィッチマンも当時は、(無名)コント師だったしね。

違いの分からない男であるオレだが、仮に、コントと漫才どちらが好きかと問われたら、その質問には即座に答える事ができる。言うまでも無く漫才だ。何故かって?そんなもん分かりませんよ。だって、オレは、その両者の違いが分からないのだから。


BGM
Michael Jackson/Heal The World
NICKELBACK/How You Remind Me
THE MUSIC/The People
Gotthard/Lonely People
BON JOVI/(It's Hard) Letting You Go

マンションの前に小さな桜が植えてある。通勤前、その桜の花が咲き始めるのを見て「春が来た」と感じる自分に気付いた。

早稲田に住み始めてから、もう少しで丸4年を迎えるが、実は毎年そう思っていたのかも知れない。

桜の魅力はその儚さにあると思う。すぐに散り行く運命を理解しているからこそ、人は、オレは桜の美しさに心魅かれるのだろう。もし仮に2ヶ月も咲き誇るしぶとい花だったら、ここまでの地位と名声を獲得する事は出来なかったに違いない。

今年は花見関係のイベントが軒並み中止になる様だ。自粛という意味合いではなく、派手にライトアップをすると多量の電力を消費するからという理由で。

電力消費抑制を余儀なくされる状態になって初めて、本当の意味で、電力を自由に使う事ができる状態の有り難みを知った。人間なんてかなり鈍感で、実際に失ってみないと、そのモノもしくは者の価値・重要性に気付かない。己の健康もしかり。

東日本大震災から3週間。既に新年度が始まっている。ストレートに人生を歩んだ人からは3年遅れの社会人生活だが、それが7年目に突入した事になる。早い。全盛期の岡野雅之ばりのスピードだな。正に晴天の霹靂なのだが、この春、昇格を果たしたので、「会社の判断に一切の誤り無し」となる様により一層精進する所存であります。


東北地方にはまだ震災の爪痕が色濃く残っている。しかし、都内に暮らすオレがただ悲観的になっていてもしょうがない。直接被災しなかった人間が普通に仕事をして、普通に飲みに行き、普通に遊び、震災前と同じ経済活動を行う事が、巡り巡って被災地への支援になると思う。自粛ムードなんて勘弁だぜ。そして、ほんの少しだけ、東北の酒を、食べ物を、野菜を買うという意識を持つ様にすれば尚良いんじゃないだろうか。

夏には信じられないくらいに電力需要が逼迫する。停電で部屋がクソ暑いのに、日本経済だけは設定温度18℃みたいに冷えまくるなんて事にならない様に、政府、官僚、経団連の要職に就く方々には、知恵を絞って何らかの策を講じて頂きたいものである。


BGM
aiko/桜の時
JUDY AND MARY/散歩道
YUI/CHE.R.RY
ケツメイシ/さくら
Dreams Come True/サンキュ.
ずっと男友達だと思っていたのだが、歌詞を熟読したら女友達に思えて来た。そっちの方が自然な気がする。

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