変わり行く街
昨日、座光寺飲み参加のため、地元大宮へ行った。
待ち合わせ場所のLOFTのカフェに向かう途中、もりさんの日記に書かれていた言葉の意味を知る事になった。
『屋根がなくなっちまった』
違和感どころの騒ぎじゃない。完全にスカスカじゃないですか。まるで鋭利なドデカイ刃物でスパッと切られたかの様に、アーケードの部分だけが消失しているので、その光景は不自然極まりない。
アーケードを無くして終わりという訳じゃないだろう。その先に何かがあるはずだ。それは、つまり子供の頃から慣れ親しんでいる、自分にとって当たり前の風景の終焉を意味する。
時と共に街は変わる。これはしょうがない。
でも大宮が変わって行くのは無性に寂しい。そして、変化した街並みにも、いずれ慣れてしまうのがもっと寂しい。人間は簡単に変化に対応してしまう生き物だ。コダワリだ、信念だなんて言ってても、様々な要因で結構捻じ曲がっちまう。
携帯電話発売直後は、携帯電話否定派という派閥が確かに存在していた筈なのに、圧倒的な利便性に屈したのか、そんな事を言う人はほとんどいなくなった。こんな事例は挙げればキリがない。己が信念を曲げた人など、あらゆる場所に存在しているんですよ。良く言えば適応という事かな。
着実に進化する大宮。それに比べて自分はどうだろうか。歩みを進めているという実感に乏しい。
遠い昔、子供の頃に見た30歳の人と比較すると、明らかに「しっかり」してないような気がする。もうさ、あらゆる意味で不足してる。
明日からまた仕事。株価上がらないかなあ。ミリオネーゼは果てしなく遠い。
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