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結論は最初から決まっていた

世の中をそれなりに騒がせた水着問題も10日に決着する。

オレは最初からスピード社の水着を支持していた。国際大会に臨むに当たって、定められたルールの枠内で、勝利を得るために出来る限りの努力をする。これは当然の事でしょ。何を躊躇う(ためらう)事があるといういのか。

日本水連がここまで決定を先延ばしにしたのは、納得できない。日本選手権が行われるよりも前にスピード社の水着を使用すると決めていれば、連盟が設定したタイムを上回り、五輪出場の切符をつかむ事ができた選手もいたのではないだろうか。

北島が、水着問題ばかりに注目が集まるのは不本意だという意志をアピールしているが、それも日本水連の決定の遅延が招いた事。北島はある意味で被害者である。

ただ、この期に及んでも、彼が北京五輪でスピード社の水着を使用しないという決定を下そうものなら、それは明らかに愚かだと思う。反骨心も大概にしろと説教せねばならんね。

現代スポーツにとって、「道具」のもたらす影響は、かつてのスポーツのそれとは比較にならない程、大きくなっている。複数のスポーツコメンテーターが、全く同じ水着を使用して競技を行うべきだという論を唱えている。要するに、「道具」によって勝負が決するのはおかしいというのだ。

よくそんなバカな事が言えたもんだと呆れてしまう。

サッカー日本代表の中村俊輔は、自分の理想のボールを追及するため、スタッドの長さが異なるアディダス製の特注品スパイクを使用している。先のコメンテーター達の唱えた論に沿えば、これもダメという事になってしまう。ちなみに、笑い飯じゃない方の中西哲夫も馬鹿コメンテーターの内の1人である。昔、サッカーやってたのに。

このような例はありとあらゆるスポーツで見られる。この事実は、取りも直さず全く同じ道具を使うべきだという主張が実にナンセンス極まりないという根拠になっていると思うのだが。

日本水連と北島康介が、正しい決断を下してくれる事を祈りつつ、この話を終わりにしようと思う。

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コメント

弘法も、実際は筆を選んでいたともいいますしね。

個人的には、どこかで聞いた「道具にこだわらない奴は二流」という言葉が浮かびました。
道具を選ぶことも含めてこそ一流足りえるのだと思います。

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