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2008年4月 3日 (木)

その昔、どこかで知った理論

はっきりとは思いだせないが、政治学だったか、行政学だったか、社会学だったか、その辺りの本で組織についてこんな理論が載っていた。

組織の中で、ある人が、その人の能力を大きく超える地位・ポストを与えられると、その組織は完全に崩壊する。

完全にという点が驚く程に強調されていた。絶対に間違いなく駄目になる。そんな論を唱えたエライさんがいらっしゃったんです。

ボスが無能力でも部下がそこそこ切れる人間揃いだったら、組織は何となく回っていくものだとオレは思っているので、崩壊は余りにも言い過ぎだなと思う。

だが、この論を裏付ける組織の存在に心当たりが。

それは現在の内閣

内閣総理大臣というポストは福田康夫という人間を超越しているのは明白で、それによって明らかに内閣という組織そのものがおかしな事になっている。完全崩壊も時間の問題だ。まあ相手方の総大将が内閣総理大臣のポストを担うレベルの人間であるか甚だ疑問ですが。

内閣は、他の組織に比べて、圧倒的に上記の論に適合し易い組織。内閣総理大臣に全ての大臣の人事権が与えられているからだ。福田さんの場合、党内調整に重きを置き過ぎた、面白くも何ともない組閣を披露し、最初から能力の底を感じさせてくれた。

官房長官の在位期間最長を誇った彼だが、裏を返せば、そのポジションが福田康夫という人間の限界だったという事になるのではないか。安倍晋三も同様だ。彼も内閣総理大臣の器じゃなかったんでしょう。ええ、結果論です。就任当初の期待は並々ならぬものがあったけどね。自民党、多くの国民、そして他ならぬオレも人を見る目がなかったという訳だ。

この論の対偶を考えると、『上手く回っている組織は適材適所が実践されている』となる。こっちは非常にしっくり来る。という事はこの理論が正しいという事になる。対偶を取る際、良い様に変質させているという指摘は無視させて頂きますが。

適材適所、でもこれがホントに難しい。ほとんどの人間は、己の持つ適性さえもしっかりと理解できていないのだから。組織を回すってのは恐ろしく大変なんですね。

だから、コンサルを名乗るプチ詐欺師集団が、その事実を悟られずに、逆に崇められるような状況が生まれちまうんでしょうね。ま、それは別の話。

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コメント

そうかなぁ。

君子豹変す、という言葉があるように、
大化けすることもある気がするけど。

大体、そいつの能力、というか潜在能力は
計りようがないから、前提がもうおかしくない?

投稿 k1496 | 2008年4月 4日 (金) 01時24分

前提がおかしいとは思わなかったですね。そう思ってたら、上記のような文章にはならなかったです。

確かに、完璧な意味で能力を計るのは不可能でしょう。

でも、一定の時間があれば、その人がある分野において才能・才気に溢れているか、そうじゃないか、くらいは見分ける事ができるのではないでしょうか。

能力は計れないなんて言ってしまったら、
『適材適所』という言葉そのものを否定する事になってしまいます。

オレ、この言葉結構好きですなんですよ。だから能力は何とか計れるという立場を取りたいなと。

投稿 tks | 2008年4月 5日 (土) 00時50分

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