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広末涼子を連想しちまう

東野圭吾/秘密★★★☆☆
映画化された作品。事故死した妻の魂が、娘に宿る。体は娘、心は妻。その時夫は何を思い、どう生きるのか。簡単に言えばそんな話。

意識と肉体が乖離するという物語は世の中に数多ありますが、大抵は、その事実が薄っぺらいファンタジーでしかなく、その様子が極めてユーモラスに描かれている。

だが、この小説は一線を画する。精神と肉体が入れ替わった人と、その人と深い関係にある人が味わう不可避的な苦悩、葛藤がこれでもかと描かれている。しかし、これこそがこの手の物語の本質なのではないかと思う。

そのため読後感は、とてつもなく重い。悲しいというより辛いのである。

夫である平介が余りにも救われない。もちろん、彼自身が選んだ道ではあるのだが、そうだとしても彼が真相を知る必要はなかったと思う。そのまま何も知らずに、年老いて死ぬ方がよっぽど幸福だったに違いない。ちょいと残酷すぎるぜ、東野さん。そうしたからこそ、あのラストが生まれたんですけどね。

この小説の特徴は、語り手が専ら平介であるという点である。妻直子の心情は一切描かれる事はない。読者は直子の胸の内を想像するしかないのである。女性からの支持が熱い理由もここにあるように思う。

女性達は、本を読み進めながら、一方で自らの思考で行間を満たしていく。そうする事によって、直子と共に葛藤し、彼女に降りかかる諸問題に思考を巡らせる。物語が佳境に入る頃には、直子とほぼ一体となっているに違いない。そして、「涙が止まらなかった」という状態を迎えるのではないか。

平介の不安はよく分かるが、中盤辺りで際立つ事になる彼の異常性については理解し難いものがあった。あれをやったらダメでしょう。

強く印象に残っているのは、事故を引き起こした梶川幸広の「秘密」を知り、平介の感情に変化が現れるシーン。きっかけは梶川が言った『自分が愛する者にとって幸せな道を選ぶ』という言葉だが、これこそ『愛』という感情そのものだと思った。平介が味わう事となった寂しさ、虚しさはオレには理解できるレベルのものじゃない。

そして、それを悟った後の直子のあの行動。これもやっぱり『愛』なんでしょうね。その後の平介を思うとやり切れない。哀切、この言葉に尽きる小説だ。

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